June 24, 2009

最後は直近のWeb関連の仕事では特に注意して見ているところですが、ネットユーザーのリテラシーというのはある方向に揃って発展していくものではなく、その行動体系やリテラシーの成長の方向もユーザーによってだいぶ異なったものになっているという実感を深めています。弊社の調査室ではネットユーザーの動向について、業務を通じて継続的にフィールドワークを行っていますが、その調査結果について話を聞いていると、「ネットおたく」からするとリテラシーが低い、と感じられるユーザーが、ある種のサービスにおいてはむしろ他のユーザーより積極的にネットを活用している、というような結果が見られるようになってきました。

古くからネットのサービスを作ってきた人ほどハマり易い落とし穴だと思うんですが、自分たちをエッジ層として考えて、他のユーザーはフォロワーとして捉え、その人たち向けには自分たちが使っているサービスのエッセンスだけを簡易に使えるように実現したサービスを設計してしまうきらいがありますが、全体としてネットユーザーが増加するに従って、実際にはユーザー間にはリテラシーの高低ではなく、全く違う利用方法、コミュニケーション形態が生まれるようになってきている、と捉えるべきなのではないかと思っています。

自戒の念も込めて大胆に言ってしまえば、エッジにいると思っている人達は、そういうところから目を背けてしまっていることで、自分たちが実はエッジでもなんでもないただのマイノリティであることに気づかず、大きな商機を逃していることも多いんではないかと思います(胸を張って「儲からないけど好きでやっているからそれでいいんだ!」ということならそれはそれで構わないんですが…)。

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さりげなーく厳しいお言葉。また、エッジ、という言葉は狭義には西海岸の最近の動向に詳しい、という意味だったのが徐々に剥離してきているという流れかな。

(via swmemo) (via clione)